【国立科学博物館】太平洋のハゲナマコから4新種候補を含む10種を発見!〜世界各国の博物館標本の遺伝子解析から多様性を明らかに〜
独立行政法人国立科学博物館(館長:篠田謙一) の小川晟人特定非常勤研究員(分子生物多様性研究資料センター)、藤田敏彦動物研究部長(動物研究部)、蛭田眞平准教授(昭和大学富士山麓自然・生物研究所、当館協力研究員)らは、ロシア シルショフ海洋学研究所、ニュージーランド国立水大気研究所、オーストラリア ヴィクトリア博物館研究所、国立研究開発法人海洋研究開発機構の研究者らと共同で、世界各地の博物館の収蔵標本の遺伝子解析から、これまで1種とされてきた太平洋のハゲナマコ属が4種の新種候補を含む10種であることを明らかにしました。ハゲナマコ属は太平洋の深海底に広く生息するナマコ類ですが、名前の由来である全身の表皮が剥げやすい特徴から、底曳き網採集では原形を留めないほど標本が傷ついてしまい形態比較による正確な分類が困難でした。国立科学博物館を含む世界各国の6カ所の博物館に収蔵された太平洋各地のハゲナマコ属標本の遺伝子解析によって、これまでムラサキハゲナマコ1種に同定されてきた太平洋のハゲナマコ属が4種の未記載種(新種候補)を含む10種であることを明らかにしました。深海生態系の多様性の理解が進むことで、深海生物の多様化様式の解明につながることが期待できます。
本研究成果は2024年12月24日に海洋生物学分野の国際誌「Marine Biology」にオンライン掲載されました。
▼研究のポイント
・ 表皮がはげやすく標本が採集時にボロボロに傷ついてしまうために形態比較が困難だった深海性のハゲナマコ属の種多様性を遺伝子解析により見直した。
・ 国立科学博物館に加え、世界各地の博物館に収蔵された標本を活用することで、太平洋全域に及ぶハゲナマコ属の標本を網羅的に比較分析した。
・太平洋に広く分布する1種と考えられてきたムラサキハゲナマコは、遺伝子と形態の特徴が異なる10種であり、そのうち4種の新種候補を含むことを明らかにした。
1.研究の背景
陸上の生態系に比べて調査が難しい深海は、生物多様性に関する理解も遅れており、最後のフロンティアとも呼ばれています。深海はこれまで環境変化が少なく生物の種分化が起こりにくい環境と考えられ、多くの動物群で広い分布範囲をもつ種が知られてきました。ハゲナマコ属Pannychiaは太平洋の水深約200~2600mの深海底に生息するナマコ類で、日本の周りの深海底でも頻繁に観察される太平洋の深海底を代表する大型生物の一つです。ハゲナマコ属は、その名の通り全身が柔らくはげ落ちやすい表皮で覆われています。そのため深海生物の主な採集方法である底曳き網では標本が引きずられることでボロボロに傷つき表皮がはげ落ちてしまうため、形態比較による正確な分類が困難な状況にありました(図1)。このような背景から、太平洋のハゲナマコ属は1種とされ、ムラサキハゲナマコPannychia moseleyi が太平洋全域に分布すると考えられてきました。しかし、近年の潜水艇で海底を観察する調査技術や遺伝子解析技術の進歩によって、太平洋のハゲナマコ属には形態や遺伝子の特徴が異なる複数種が含まれている可能性が報告されていました。そこで太平洋におけるハゲナマコ属の真の種多様性を解明するため、太平洋全体を網羅する標本に基づく形態的・遺伝的な再検討が必要な状況にありました。
【図1】
【図2】
2.研究の成果
今回、小川研究員は国立科学博物館に加えて日本、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカの博物館および研究機関を訪れ収蔵標本の調査を敢行するとともに、共同研究者の協力のもと標本調査したロシアの研究機関を加えた、世界各地6カ所の博物館と研究機関が収蔵する標本を調査しました。こうして、1986~2019年に太平洋、インド洋、南極海で採集され収蔵・保管されていた178個体のハゲナマコ属の標本を調査しました。本研究では、2つの遺伝子解析手法(COI遺伝子を用いたDNAバーコーディング(注)とゲノム全体の一塩基多型情報(注)を比較するMIG-seq法)と詳細な形態的特徴の比較から、ハゲナマコ属の種多様性を再検討し、その種境界(種の定義)を見直しました。その結果、1種とされていた太平洋のハゲナマコ属内に遺伝的な特徴が互いに異なる10個のグループを発見し、各グループの形態的な特徴にも違いが確認できたことから、これら10個のグループをそれぞれ異なる種として扱うべきと考えられました。この10種の内6種は過去の研究で学名が提唱されたことがある種であり、ムラサキハゲナマコP. moseleyi、ハゲナマコP. virgulifera、 シンカイハゲナマコP. henrici、ナガサキハゲナマコP. nagasakimaruae、ミサキハゲナマコP. rinkaimaruae、Laetmophasma fecundum(東太平洋産の和名が無い種)にそれぞれ同定されました。一方、残りの4種は未記載種(注)(新種候補)と考えられました。その結果、これまで太平洋全域に同一種が分布すると考えられてきた“ムラサキハゲナマコ”が実際には10種を包含した複合種(注)であったことを明らかにしました。
【図3】
3.今後の展開
今回発見された未記載種(新種候補)の4種は、今後ハゲナマコ属の既知の種とより詳細な形態の比較を進め、新種記載を進めていく予定です。また今回使用できた標本数が少なかった地域(東太平洋、インド洋、南極海など)でも遺伝的・形態的な比較分析を進め、本属の全球的な種多様性の解明を進めていきたいと考えています。
今後、本属同様に深海種の種多様性の再評価を行うことで、陸上や沿岸の生態系に比べて知見が乏しく見過ごされてきた深海生態系の多様性の理解が進むとともに、深海という多くの謎に包まれた環境における生物の分布・多様化様式の解明につながることが期待できます。また博物館に収蔵されている標本を活用しての、形態比較と遺伝子解析を組み合わせた研究の推進は深海生物などの広域分布する生物の多様性の解明に有効な手段となると考えられます。
4.注釈
・複合種:形態的特徴やその他の特徴が非常に似ていることで、種の境界が見落とされ、1種として扱われている種群。
・未記載種:これまでに知られる種とは異なる特徴をもち、今後形態的特徴の詳細な記載が行われることで新種として認められる可能性がある種。
・DNAバーコーディング:野外から採取された生物標本の簡便かつ効率的な種同定を行うために、比較的短い特定の領域の塩基配列を取得し比較する遺伝子解析手法。
・ゲノム全体の一塩基多型解析:一塩基多型とは DNA塩基配列の中で1塩基のみ置き換わった変異であり、一般的に近縁種内の個体間の比較を目的に用いられています。生物1個体の全DNA配列情報であるゲノムの全体から一塩基多型を偏りなく決定・比較する遺伝子解析手法であり、生物個体間のゲノム全体の情報を要約した類縁性や系統関係を効率的に明らかにできる手法です。MIG-seq法はそのようなゲノム全体の一塩基多型を決定する手法のひとつです。
5.発表論文
タイトル:
COI遺伝子と全ゲノム一塩基多型情報をもとにした深海性ナマコ類ハゲナマコ属の系統分類学的再検討(Molecular phylogenetic re-evaluation of deep-sea holothuroid genus Pannychia based on COI gene and genome-wide SNPs data)
著者:
小川 晟人1,2、蛭田 眞平3,4、Antonina Kremenetskaia 5、Nicola Davey 6、Melanie Mackenzie 7、藤原 義弘8、藤田 敏彦4
所属:
1. 国立科学博物館分子生物多様性研究資料センター、2. 国立研究開発法人海洋研究開発機構超先鋭研究開発部門、3. 昭和大学富士山麓自然・生物研究所、4. 国立科学博物館動物研究部、5. ロシア科学アカデミー・シルショフ海洋学研究所、6. ニュージーランド国立水大気研究所、7.ヴィクトリア博物館群ヴィクトリア博物館研究所、8. 国立研究開発法人海洋研究開発機構地球環境部門
掲載雑誌:
Marine Biology
DOI:
10.1007/s00227-024-04570-8
本研究の一部は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP19H00999)、公益財団法人水産無脊椎動物研究所(No.2017 IKU-4)、文部科学省 東北マリンサイエンス拠点形成事業 海洋生態系の調査研究(JPMXD1111105260)、ロシア連邦科学高等教育省(No.FMWE-2024-0022)および国立科学博物館 総合研究 極限環境の科学の支援のもとで行われました。
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