東京都美術館「大地に耳をすます 気配と手ざわり」開幕レポート

東京都美術館の企画展、「大地に耳をすます 気配と手ざわり」が7月20日(土)に開幕した。本展を担当した大橋菜都子学芸員と参加作家による展示解説をレポート。

東京都美術館「大地に耳をすます 気配と手ざわり」報道内覧会

東京都美術館の企画展、「大地に耳をすます 気配と手ざわり」が7月20日(土)に開幕した。自然と深く関わり、制作をつづける5人の現代作家が、人間中心の生活のなかでは聞こえにくくなっている大地の息づかいを伝えてくれる展覧会だ。7月19日(金)にはプレス内覧会が行われ、報道陣に公開された。本展を担当した大橋菜都子学芸員と参加作家による展示解説をレポートする。

「大地に耳をすます 気配と手ざわり」会場
本展を担当した大橋菜都子学芸員

本展を担当した大橋菜都子学芸員は、企画の背景として、「東日本大震災や新型コロナの感染症拡大など、大都市で暮らす便利さとともにその脆弱性を感じることがここ十数年の間に多くあった」という。「都市のもろさを実感したことにくわえ、自然がやや遠く感じ、季節の移ろいだけでなく、自然のあり様や変化を感じ取る力が少しずつ弱まっていっている感覚に気づいたことが大きなきっかけとなり、そのような個人的な思いから、調査を進め」、大都会から離れて自然の中で感覚を研ぎ澄ませ作品を制作している作家らが参加する展覧会となった。

参加作家は、自然と深く関わり制作をづつける川村喜一、ふるさかはるか、ミロコマチコ、倉科光子、榎本裕一の5人。

本展出品作家 川村喜一
展示会場(ギャラリーC)

入り口のエスカレーターを降りてすぐの展示会場(ギャラリーC)に入ると、天井が高く、開放感のある空間に川村喜一の写真作品が並ぶインスタレーションがある。東京で生まれ育った川村(1990年生まれ)は、2017年、北海道知床半島に移住して作家活動を続けている。

「世界自然遺産としても知られる場所。ヒグマやシャチ、ときには鯨もやってくるという、自然が豊かであると同時にとても厳しい環境で生活しています。いわゆるネイチャーフォトというようなかぎかっこのついた『自然』というよりは、そこに生きている生活者として、肌感覚で風土というものを感じながら表現をしていきたいという思いをもって制作しています」と語る。移り住んで、2年目の秋に狩猟の免許をとり、山に入って狩猟も行う。自然のこと、動物のことをより深く知りたいという思いから始めたものの、最初は自分が森に受け入れられていないような感覚があったり、動物に出会うことも難しかったそう。地形やその土地に暮らす生物の生態をわかっていなければ、その場を歩くことも獲物にたどり着くこともできない。

「都会の暮らしでは感じられない、わからないことに問題意識があって知床で暮らしていますけれど、狩猟をとおして生態系を外側からみるというより、その中に入って、いきものの一員として、精神性、行為としてのプロセスと写真の表現を結び付けられたらいいなと思って制作をしています」(川村)

布地に印刷された写真には、家族の一員であるアイヌ犬のウパシとの暮らし、知床の風景など川村の日常がとらえられている。北海道産の木製のフレームに額装されたそれら写真は、アウトドアキャンプ用のロープで吊り下げられ展示空間を構成している。環境に配慮し、美術館の建築に敬意を払い、作品展示のために新たに壁を立てることはしていなかった。作品同士が空間に心地よく配置されている様子は鑑賞者の目にも新鮮だろう。この木製の額縁は折り畳み可能。すべて作家自身が車に詰め込んで会場まで運び、展示されている。展覧会終了後は、また折り畳み、知床まで戻るそうだ。これも生活と制作、展示の連続性を大事にする川村のいう行為としてのプロセスなのだろう。

本展出品作家 ふるさかはるか
展示会場(ギャラリーC)

木版画家のふるさかはるかは、大阪府生まれ。フィンランド、ノルウェーなど北欧での滞在制作を経て、2017年からは青森で自然とともに生きる人々に取材を重ねながら制作している。本展では3つのテーマで作品を展示している。北欧の遊牧民サーミの手仕事にひかれて作られた版画のシリーズ〈トナカイ山のドゥオッジ〉、青森、南津軽の山間地域に取材を重ねて作られた〈ソマの舟〉、〈ことづての声〉だ。

ふるさかは、木版画の木を自身が自然とかかわる手段ととらえている。そう考えるようになったのは、2003年、初めてサーミの村で滞在制作をしたことが大きく影響しているという。それ以降、彼らとメール等でコミュニケーションをとりながら、厳しい自然とともにある暮らしがどういうものかを徐々に知ることになった。

《トナカイの毛皮》は、マイナス40℃にもなる地域で古くからトナカイの毛皮を身にまとうことで生き延びてきたサーミの人たちに想を得て描いたもの。彼らはトナカイを捕えると、毛皮のほか、骨も腱も、そのすべてを自分たちが生きることに使う。ふるさかにとって木版画は、サーミにとってのトナカイのようだ。木版画をつくることで、彼らとトナカイのような生き方をしたいと思うようになり、無垢の木の姿や木目を生かし、拾ってきた土を絵具にして制作するようになった。そこから始まったのが〈トナカイ山のドゥオッジ〉シリーズだ。

《織り》は、森の中の木に縦糸をくくりつけ、張りを調整しながら、自然の中で手仕事をしてしまう身軽さ、またその中にいることの心地よさも感じている人たち。「自然の中でどうふるまうか、彼らの言葉を記録して作品を制作してきました」と話す。

2017年からは日本に目を向け、厳しい冬とともに生きてきた人たちに取材しようと、青森に足を運ぶようになった。本展では、会場の天井高に合わせた大型の木版画を制作した。漆林で版木となる木材の伐採から立ち合い、青森の漆の樹液と自ら育てた藍で刷った新作である。会場には、木版画だけでなくこの版木も展示されており、青森の木立のような展示空間がつくられている。また、絵具としてふるさかが用いる、漆の樹液、藍、土など自然の素材も展示されている。《線を作る器》では、青森のヒバに、青森で採集された泥が薄く入っている。乾くと、少しずつヒビが入ることで線が作られるインスタレーションで、会期が進むにつれ変化する様子も観察できるだろう。

また、ふるさかの自然と呼応しながら制作する様子を記録した映像を上映している。夏の藍の刈り取り、冬の木材の伐採、土の採集、彫りと刷りの場面まで、木版画ができるまでに、ふるさかがいかに自然と関わっているのかということとともに、その素材を育てることから始める制作に途方もない手間と時間がかかっていることを知ることができる。この映像の撮影は、本展の参加作家である川村喜一が行っている。

本展出品作家 ミロコマチコ
展示会場(ギャラリーA)

ひとつ下の階(ギャラリーA)の吹き抜け展示室にはミロコマチコの勢いのある作品世界が広がる。大阪府生まれのミロコマチコは、11年にわたる東京での活動を経て、2019年奄美大島に移住した。展示空間の中央には《島》がつくられ、その周りには奄美大島で制作された作品が多く展示されている。

奄美大島の人たちは自然に合わせて暮らしているため、自然を感じ取る力が強いと話すミロコマチコ。

「自然を感じ取る力が、私には全然ないのだと気づきました。それを身に着けていく上で、とても大切なのではないかと思って、日々、どういった動きがあるのか、変化があるのかをながめているのですけれど、島の自然はとってもざわめきが激しくて。その動きはいきもののようで、それを目に見えないいきものとしてとらえて、制作しています」(ミロコ)。

《島》をかたちづくる壁の内側の絵は、この場で4日間かけて描かれた。外側は2023年に刊行された絵本『みえないりゅう』の原画が取り囲む。

「ぜひ、この『みえないりゅう』の物語を感じてから、中にはいってほしいです。すべてのことは影響しあっていて、風が吹けば波がたって、小さな波が、しぶきとなって打ち寄せるように、そのつながりみたいなものを意識しながら、初めからこうしようというのがあったわけではなく、即興的に制作していきました。わたしが島で見ている世界をここに表現したので、たくさんの自然がざわめいている気配を感じてくれたらうれしいなと思っています」(ミロコ)

《島》の床は泥染めがなされている。奄美大島に移住して約5年、大地のエネルギーをもらえるような島の自然の素材は、ミロコが表現したいことに合うことがわかってきたそうだ。

奄美大島の森で《光のざわめき》を描いたライブペインティングの映像《うみまとう》も会場の一角に設けられた小屋の中で見ることができる。

「屋外で描いていたら、風の動きや光の移り変わり、たくさんのエネルギーなどを受け取って瞬発的に出していきます。そして、それらで形作られていくものがいきもののように、見えてくる。それがいきものとして形作られていくっていうことなんですけれど、周りの環境から受け取るものを自分のからだに刻むように描く、それがわたしにとってだいじなんだなあと感じています」(ミロコ)。

奄美大島の人たちにとって、山や森は神様がいる神聖な場所。むやみに入るのではなく、「入り口におじゃまさせていただきました。森は根っこや石がゴロゴロしていて、身動きが取りづらく、描きたいものが溢れてくるけど、描けない葛藤のような絵が現れたんじゃないかなと。制作時に着ていた服は解体して、カンヴァスにしたり、ほかの作品に使ったりしてつながっています」(ミロコ)

映像の小屋の外側の壁面も奄美に多く自生するヒカゲヘゴという植物の染料が塗られている。

本展出品作家 倉科光子
展示会場 (ギャラリーB)

ギャラリーBで作品を展示している倉科光子は、青森県生まれで現在は東京都在住。2001年から植物画を始めた。

東日本大震災(2011年)の津波により変化があった植物の生育環境を観察し、2013年から定期的に現地に足を運び、植生を水彩画で描き続けている。本展では、被災地に行けなかった時期に描いた関東圏の植物画2点と、岩手県、福島県、宮城県で取材して描いた15点が展示されている。

作品のタイトルとなっている数字は、いずれも描いた植物があった緯度と経度。「その場所が実際にあるということを示唆すると同時に、その時だけ見えた光景を描き出したい」(倉科)という思いによるもので、とても重要なことなのだという。「tsunami plants(ツナミプランツ)」と名付けたそれら植物のひとつひとつを丁寧に観察し詳細に描くことで、「その植物の種子は津波によって運ばれたのか、土の攪拌により芽吹いたのか、あるいは復興工事のなかで重機によって運ばれたのか、その場所に起きたこと、植物がそこに根付いた理由を探る」と倉科。

制作中の作品も展示されている。本展での展示にあたり、倉科が制作に力をいれた白藤だ。一般的に知られている藤は、ツルが上に向かって伸び、藤棚に絡みつき、花は垂れ下がる。ところがこれはツルが地面を這い、葉をつけ白い花を咲かせている。2016年にこの地を這う白藤の写真を見る機会を得た倉科は、どうしてもこれを描きたいと思い、現地を取材し、昨年から描き始めた。地面で白い花を咲かせることはまれだという。咲かせたいというよほどのエネルギーがあるのだろうと倉科。作品の途中経過を見ることができるのも貴重な機会である。

榎本裕一 展示会場 (ギャラリーB)
榎本裕一 展示会場 (ギャラリーB)

榎本裕一(1974年生まれ)は東京で生まれ育ち、2018年から北海道根室、今年から新潟県糸魚川にもアトリエを構え、3拠点で制作を行っている。

本展では根室の風景をモチーフにした油彩とアルミニウムパネルを氷に見立てた新作の《結氷》を展示している。

《沼と木立》は、遠くからみると、白黒の抽象画のようだが、近くで目を凝らしてみると、黒い画面の中に木立が見えてくる。

「誰もいない、誰も来ない深い森の中で突然現れた風景に驚き、喜びと、恐怖も感じたことを覚えています」という榎本の言葉を大橋学芸員が伝え、積もった白い雪––榎本が出会った自然をみずみずしい感性でとらえた作品であると紹介した。白黒にシンプルに削られた作品だからこと、見る人が自分の記憶と結び付け自由に想像を広げる余白をもっている。

一方、アルミニウムパネルに表現している10点の新作、《結氷》には、海からの強い風によって雪が生み出す表情がとらえられている。

「氷の上を歩くような経験は(一般的には)ないにしても、この作品がたくさん並ぶことで、氷に囲まれるような空間になっている」と大橋学芸員。10点が並ぶことで、冬の根室でこうした自然の織りなす美しい造形が無数に生み出されていることを想像させてくれる。ちなみに、最後に展示されている小さな作品には、雪上に動物の足跡が見える。一見すると、静かでモノクロームの世界だが、榎本が根室で感じたいきものの気配や生命の煌めきが表されている。

  

会場の最後には、春を表す作品が展示されている。北海道に分布する多年草で、4月から5月に花をつけるエゾエンゴサクをモチーフにした器型の作品だ。展示の最後にと榎本が制作した新作である。

その隣では榎本が作品制作の資料として撮影した写真のスライドショーが流れ、根室の春から四季の移ろいを見ることができる。榎本が、東京とまったく異なる景色を見せる根室に魅了された瑞々しい感覚を存分に伝えるだけでなく、氷った湖上の風景やエゾエンゴサクの花など、展示されている作品と関連が強い写真も含まれているのも興味深い。

5人の現代作家による写真、木版画、油彩画、水彩画、インスタレーションなど、多様な作品が展示される空間を行ったり来たりしながら、日ごろ忘れがちな本来人間が持っている自然とかかわる感覚を呼び起こすきっかけになるだろう。

なお、本展の図録には奄美大島で染められた泥染めの布がついている。

参加作家のひとり、ミロコマチコが作品制作に使っている泥染めと同じ工房によるものだ。

東京都美術館「大地に耳をすます 気配と手ざわり」報道内覧会 

撮影・鈴木渉


展覧会開催概要 

●展覧会名 大地に耳をすます 気配と手ざわり 

The Whispering Land: Artists in Correspondence with Nature 

●会 期 2024年7月20日(土)~10月9日(水) 

●会 場 東京都美術館 ギャラリーA・B・C 

●休 室 日 月曜日、9月17日(火)、9月24日(火)※8月12日(月・休)、9月16日(月・祝)、9月23日(月・休)は開室 

●開室時間 9:30~17:30、金曜日は9:30~20:00 *入室は閉室の30分前まで 

●観 覧 料 一般 1,100円、大学生・専門学校生 700円、 65歳以上 800円、高校生以下無料 

※[サマーナイトミュージアム割引]など割引に関するの詳細は展覧会公式サイトをご覧ください。 

●主 催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館 

●特別協力 株式会社ツガワ 

●協 力 合同会社 北暦、株式会社ミシマ社、Gallery Camellia、青森公立大学 国際芸術センター青森 

●問合せ先 東京都美術館 03-3823-6921 

イベントなどの最新情報は展覧会公式サイトをご覧ください

 https://www.tobikan.jp/daichinimimi

このプレスリリースには、メディア関係者向けの情報があります

メディアユーザー登録を行うと、企業担当者の連絡先や、イベント・記者会見の情報など様々な特記情報を閲覧できます。※内容はプレスリリースにより異なります。

すべての画像


会社概要

URL
https://www.rekibun.or.jp/
業種
財団法人・社団法人・宗教法人
本社所在地
東京都千代田区九段北4-1-28  九段ファーストプレイス8階
電話番号
03-6256-9967
代表者名
日枝 久
上場
未上場
資本金
-
設立
1982年12月