オートファジーが保存中の種子の発芽能力を維持することを解明~種子を長期間保存する技術開発への貢献に期待~

明治大学 農学部 吉本光希教授らの研究グループ

学校法人明治大学

  明治大学農学部生命科学科の吉本光希教授らの研究グループは、保存中の乾燥種子において細胞内自己成分分解システム「オートファジー(注1)」が機能することで、長期間の保存後でも発芽能力が維持されることを明らかにしました。

■本件のポイント

  • 乾燥種子の胚乳(注2)においてオートファジーが働き酸化ストレスが抑制され、胚乳細胞の品質が維持されることが、種子が長期間に渡り発芽能力を保つうえで重要であることを明らかにしました。

  •  本知見は、種子の保存可能期間を延長するための新規技術の開発に貢献できる可能性を秘めています。

  • 本研究成果は、米国科学アカデミーが発行する「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)」に掲載されました。

■概要

 明治大学 農学部 生命科学科の吉本光希教授、同 川上直人教授、明治大学 研究・知財戦略機構 篠崎大樹博士研究員、高山恵莉菜(農学研究科博士前期課程 修了生)は、乾燥種子が長期間に渡り発芽能力を維持するために、オートファジーが重要な役割を果たしていることを報告しました。

 種子は、いわば「鎧」の役割を持つ種皮で覆われ、胚を物理的に保護したり、抗酸化物質を蓄えたりすることで、保存期間中に受けるストレスを回避しています。種皮は死細胞で構成されていますが、長期間の保存の後に発芽するためには、保存期間中に継続して受け続けるストレスに適宜応答するシステムも存在する可能性が考えられました。本報告では、種皮の内側に存在し、乾燥種子の胚を取り囲む生細胞である胚乳細胞において、オートファジーが働き、酸化ストレスおよび細胞死を抑制することで、長期間の保存の後でも発芽能力が維持されることを明らかにしました。

 本報告は、一見静的にみられる乾燥種子においても、細胞内の膜ダイナミクスを介する分解系であるオートファジーが駆動していることを明らかにした点と、長期保存した老化種子において損傷胚乳が物理的障壁となって発芽が抑制されることを解明した点に意義があります。また、本知見は、発芽能力を保ったまま種子を長期間保存するための新規技術の開発に繋がると期待されます。本成果は、米国科学アカデミーが発行する総合科学雑誌である「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)」に掲載されました。本研究の一部は、 日本学術振興会 科学研究費 新学術領域研究 (研究領域提案型) (19H05713) および 特別研究員奨励費 (21J11995) の支援を受けて行われました。

■研究の背景

 植物は種子を形成することで発生の過程を一時停止し、生育に不適切な環境に長期に渡り耐えることができます。種子のこの特性は、人類が農業を発展させ、安定的に大量の食料を生産することができるようになるために非常に重要であったと言えます。すなわち、農作物の種子を採種・保存し、適切なタイミングで適切な量の種子を蒔き計画的に栽培することで、自然からの採集に頼らない食料生産が可能になりました。種子の状態の植物は定期的な給水が不要で、また光や栄養成分を供給する必要もないことから、低コストで保存することができます。加えて、種子のサイズは植物体に比べはるかに小さいため、限られたスペースで多くを保存でき、輸送も容易であることから優れた形質をもつ作物から採種した種子を速やかに広範囲の農耕地で栽培することができます。

 種子は保存期間中に外部環境からストレスを受け続けます。特に、高温や高湿度が種子にダメージを与える要因として知られています。ストレスを受けた種子には酸化ダメージが蓄積し、発芽能力が徐々に低下していきます。長期間に渡って保存した種子にはダメージが多く蓄積し、やがて発芽能力を失ってしまいます。成長中の植物体は、様々な環境ストレスに対して応答し、ストレスを克服して巧みに成長することが知られています。保存中の種子もストレスを受けることから、酸化ダメージを軽減するための応答が行われている可能性があります。しかし、乾燥種子におけるストレス応答に関する知見は少なく、種子が作られる際に抗酸化物質を合成して準備しておくといったような、受動的かつ静的な対策が主であると考えられてきました。

 本研究グループは、種子がストレスに対して適時応答して能動的なダメージ軽減を行っているかもしれないと考えました。そこで、植物が備え持つストレス応答システムの一種である「オートファジー」に注目した研究を行いました。オートファジーでは、細胞内の分解対象物が脂質二重膜の小胞で包み込まれ、液胞に輸送されて分解されます(図1)。オートファジーは植物個体の栄養欠乏ストレス応答などに関与することが知られていますが、乾燥種子における機能はこれまで全く報告されていませんでした。

図1:植物細胞におけるオートファジーの過程                                    細胞内(細胞質内)に生じた隔離膜が伸長し、分解対象物(図中赤色で表記)を包み込んだ脂質二重膜でできたオートファゴソームを形成します。オートファゴソームの外膜は液胞膜と融合し、内膜に包まれた分解対象物(オートファジックボディ)は速やかに分解されます。

■研究成果

 本研究は、遺伝子情報が解読されたモデル植物であるシロイヌナズナの種子を用いて行われました。シロイヌナズナではオートファジー能力を欠損したオートファジー不能植物が確立されています。本研究グループは、5年以上の長期間保存した種子の発芽率を調べ、オートファジー不能植物の種子は、正常なオートファジー能力を有する野生型植物の種子よりも発芽能力が顕著に低下していることを見出しました(図2 上)。

 シロイヌナズナの種子では、将来植物体に成長する胚の周りを胚乳と呼ばれる生きた細胞の層が取り囲み、さらに死細胞である種皮で覆われています。興味深いことに、長期の保存により発芽能力が低下したオートファジー不能植物の胚は、周囲を覆う胚乳と種皮を除去することにより成長できることが明らかになりました(図2 下)。このことより、長期保存したオートファジー不能植物の種子は、胚に成長能力があるにも関わらず、種皮あるいは胚乳の問題により発芽能力が低下していると考えられました。

 続いて、乾燥種子におけるオートファジー活性を調査したところ、保存期間中に胚乳細胞でオートファジーによる分解が行われていることが判明しました。また、長期保存したオートファジー不能植物の種子の胚乳細胞は8割以上が死細胞であったのに対し、同じ期間保存した野生型種子の死細胞の割合は1割未満にとどまっていることが明らかになりました(図3)。このことは、種子の保存期間中にオートファジーが駆動して、胚乳細胞のストレスが軽減されることで細胞死が抑制されていることを示しています。

 種子の発芽時には、胚乳の細胞壁が軟化することが知られています。長期保存したオートファジー不能植物の種子では胚乳の細胞死により細胞壁軟化のプロセスを促進する遺伝子の発現が低下していると考えました。そこで、遺伝子発現解析を実施したところ、予想通り、細胞壁成分の分解酵素や細胞壁リモデリング因子の遺伝子発現が著しく低下していることが判明しました。このことより、長期保存したオートファジー不能植物では、胚乳が固いまま障壁となっているため、胚の成長が物理的に阻まれていると考えられました。

  以上の結果より、オートファジーは保存中の乾燥種子の胚乳細胞において、酸化ダメージの蓄積を抑制し正常な状態を保てるようにメンテナンスする働きがあると言えます(図4)。この機能が存在することで、長期保存後でも、吸水後に胚乳の細胞壁が正常に軟化し、発芽できると考えられます(図4)。

図2:長期保存したオートファジー不能植物の種子の発芽の様子                            胚の周りが胚乳および種皮で覆われた通常の種子(図上側)においては、長期保存したオートファジー不能植物の発芽率が、同期間保存した野生型植物の種子に比べ大幅に低下します。なお、短期保存種子において、オートファジー不能植物は、野生型同等の発芽率を示します。発芽率が大幅に低下している長期保存したオートファジー不能植物の種子でも、胚乳と種皮を除去して胚のみの状態(図下側)にすると、胚は成長することができます。
図3:胚乳細胞の細胞死の検出                                           胚乳細胞について死細胞を染色する試薬を処理して観察しました。長期保存したオートファジー不能植物の種子では大部分の胚乳細胞が染色されるのに対して、野生型植物で染色されたのは一部の細胞のみでした。なお、短期保存種子ではいずれの植物においても染色された胚乳細胞は殆ど検出されませんでした。図中の白矢頭は染色された死細胞を示しています。
図4:シロイヌナズナ種子の構造と乾燥種子におけるオートファジーの生理機能                     左下のモノクロ写真は種子の断面画像です。将来植物体に成長する「胚」の周囲を「胚乳」と呼ばれる生きた細胞の層が取り囲んでおり、そのさらに外側(種子の最外層)が死細胞である「種皮」で覆われています。種子が発芽する際には、胚が成長して胚乳および種皮を突き破る必要があります。                                     オートファジーは種子保存期間中に、胚乳細胞において酸化ダメージの蓄積・細胞死を抑制します。この働きにより、長期保存後でも胚乳細胞が正常に機能し吸水後に細胞壁の軟化が起こることで胚の成長を妨げる物理的バリアが解除され、発芽が可能になると考えられます。

■今後の期待

 本研究では、種子が保存中のストレスに適応するための新規機構を明らかにし、種子が発芽能力を失う要因について新たな一面を見出しました。発芽能力を保ったまま長期間種子を保存する技術は、農業的に重要度が非常に高いテクノロジーです。高い発芽活性を保った種子を保存しておくことは、食糧危機への対策として有効だと言えます。また、多種多様な種子を保存しておくことは、遺伝資源の確保という観点から非常に価値があります。これらの遺伝資源は、例えば、気候変動に対応した高ストレス耐性作物を作出しようとする際、非常に貴重な研究リソースとなります。さらに、先んじて種子を保存しておくことで、貴重な植物を絶滅の危機から保護することもできます。本研究の成果をさらに発展させることで、種子を長期間保存する技術開発につながることが考えられ、地球と人類社会への貢献が期待されます。

■論文情報

論文タイトル:Autophagy maintains endosperm quality during seed storage to preserve germination ability in Arabidopsis

著者:Daiki Shinozaki, Erina Takayama, Naoto Kawakami, Kohki Yoshimoto

掲載雑誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)

DOI:10.1073/pnas.2321612121

公開日:2024年3月26日(火)

URL:https://doi.org/10.1073/pnas.2321612121

■用語説明

注1:オートファジー

細胞内の主要な自己分解経路の一種です。細胞内に生じた隔離膜が伸長し分解対象物を内包したオートファゴソームを形成、オートファゴソームを細胞内の分解区画である液胞に輸送して内容物を分解します (図1)。

注2:胚乳

 種子植物の種子の内部にみられる組織です。シロイヌナズナ種子では、将来植物体になる胚の外側に胚乳細胞層が存在し、最外層が種皮で覆われています(図4 左側)。種皮は死細胞で形成されていますが、胚乳と胚は乾燥種子においても生きています。胚乳は、胚に栄養を供給することに加え、環境センサーとしても機能することなどが報告されていますが、その役割は完全に理解されていません。

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