学校教育におけるジェンダー平等には、性別役割分業を弱める長期的な効果

―明治大学政治経済学部原ひろみ教授ら 中学校「技術・家庭」の男女共修化が、夫婦役割分担へ与えた影響を分析―

学校法人明治大学

 明治大学政治経済学部 原ひろみ教授とニューヨーク市立大学ヌリア・ロドリゲス=プラナス教授は、共同執筆論文「中学校『技術・家庭』の男女共修化には、性別役割分業を弱める長期的な効果があった」において、性別で社会的役割が異なると生徒に認知させる教育カリキュラムが、その後の人生での意思決定・行動選択にも影響があることを明らかにしました。本論文は、労働経済学の国際学術雑誌Journal of Labor Economicsに掲載が決まりました。

●ポイント

 日本は、男女の賃金格差が大きい国の一つであることが知られています。格差が持続してしまう要因は複数ありますが、“チャイルド・ペナルティ”(子育てによる労働市場における不利益)や“ジェンダー規範”(「男性は外で働き、女性は家庭を守るべき」といった社会で共有される伝統的な性別役割分担に関する意識)の影響が大きな要因であると、近年の経済学の研究で指摘されています。

 本研究は、性別役割分業とジェンダー規範を解消し、男女の賃金格差の是正につなげるためには、性別で社会的役割が異なると生徒に認知させない教育カリキュラムや学内活動が行われること、すなわち学校教育におけるジェンダー平等が重要であることを示しました。

●概要

「技術・家庭」の男女共修化:1989年学習指導要領改訂

 中学校で学ぶ「技術・家庭」は、技術分野と家庭科分野から構成される科目ですが、1989年度まで男女別学でした。しかし、1989年の新学習指導要領への改訂によって男女共修となり、新学習指導要領への移行期間が始まった1990年度から男女共修となりました。

分析結果

  1. 「技術・家庭」の男女共修化が、成人して30歳代後半になったときの夫婦の家計内での役割分担に影響を与えたことを明らかにしました。

  2. 具体的には、男女共修化によって、成人した男性(夫)の週末の家事関連時間が長くなり、一方、女性(妻)は非正規社員で働く人の割合が減り、正社員で働く人の割合が増えたことが示されました。つまり、共修化が、男性の家事・育児分担と女性の働き方の両方に変化をもたらしたことを示唆しています。さらに、伝統的な性別役割分担意識に賛成する女性(妻)の割合が減ることも示されました。

  3. 役割分担における変化は、伝統的な性別役割分担意識の弱まりに起因すると考えられます。もし男女別学で、家庭科分野を女子が中心になって学ぶと決められていたら、家事・育児に関することは女性の役割であると、女子も男子も受け止めてしまいます。しかし、男女共修化で、男子も女子も同様に学ぶようになったことで、家事・育児は男女両方の役割であると男女ともに受け止めるようになり、結果として、男性は家事関連時間を増やし、女性は積極的に労働市場で働くようになったと考えられます。

  4. 本研究は、性別で社会的役割が異なると生徒に認知させる教育や活動等が学校教育で行われると、その後の人生での意思決定・行動選択にも影響があることを示唆しています。つまり、学校教育におけるジェンダー平等のさらなる推進の重要性を示すものです。

●発表内容

 日本は、男女の賃金格差が大きい国の一つであることが知られています。格差が持続している要因は複数ありますが、“チャイルド・ペナルティ” (子育てによる労働市場における不利益)や“ジェンダー規範”(「男性は外で働き、女性は家庭を守るべき」といった社会で共有される伝統的な性別役割分担に関する意識)の影響が、近年では注目されています。本研究は、これらを解消し、男女の賃金格差是正につながる要因を明らかにしたものです。

 中学校で学ぶ「技術・家庭」という科目は、技術分野と家庭科分野から構成される科目ですが、1989年度まで男女別学でした。しかし、1989年の新学習指導要領への改訂によって男女共修となり、新学習指導要領への移行期間が始まった1990年度から男女共修となりました。

 1990年度以降に中学校に入学した人たちは1977年度以降生まれであるため、1977年度以降生まれは男女共修世代で、1976年度以前生まれは男女別学世代となります。なお、本研究の分析時点の2016年で、別学世代は40歳以上、共修世代は39歳以下です。

 下の表のとおり、別学世代も男女ともに技術分野と家庭科分野を学びましたが、男女別々に授業を受けていました。たとえば、同じ時限に、男子は男子だけで技術分野を、女子は女子だけで家庭科分野を学びました。また、男子は技術分野の領域を多く学び、女子は家庭科分野の領域を多く学ぶというように、学習内容にも男女差がありました。しかし、共修世代は、男女一緒に両分野の授業を受けることになり、中学3年間で学ぶ学習内容も男女で同じになりました。

 本研究は、2016年のデータを使って、1990年度からの中学校「技術・家庭」の男女共修化が男性の家事・育児時間(家計生産時間)や女性の働き方に与えた影響を明らかにしました。「回帰不連続デザイン(RDデザイン)」という政策介入の「因果効果」を識別できる分析フレームワークを適用し、男女共修化の効果を純粋に推計した結果になります。世代的な変化、すなわち若い世代の男性はより家事をするようになり、女性は市場で働くようになったという単なるトレンドを反映したものではないかと受け止める人もいるかもしれませんが、政策介入時点における不連続な変化(ジャンプ)によって因果関係を捉えています。

 RDデザインでは、図を用いた視覚的な分析と、回帰分析を用いたデータ分析の結果の両方が大事ですが、ここでは直観的に理解しやすい図を用いた結果を紹介します。ただし、図を用いた分析とデータ分析の両方から、同じ結果が得られています*1。

【以下の図の見方】

・横軸の数字は生まれた時期を表し、年度・四半期での表記になっています。

・横軸の数字の“0”は1977年度・第1四半期生まれ(1977年4~6月)を表し、横軸は、これから何四半期、前後に離れて生まれたかを表しています *2。

・たとえば“-1”は1977年1~3月生まれを、“+1”は1977年7~9月生まれを指します。

・1977年度生まれ以降が共修世代であるため、“0”が別学世代と共修世代の境目、すなわち閾値となります。

 分析の結果、男女共修化によって、成人した男性(夫)の週末の家事関連総時間が1日あたり26分長くなり、特に、育児時間や買い物等のための時間が増えたことが示されました。ここでは育児時間と買い物等の時間の結果を紹介します。図1は、男性の週末の育児時間の図で、縦軸は1日あたり何分を育児に使っているかを示しています。“0”で“ジャンプ”、つまり非連続な育児時間の増加が観察できます。これは、男女共修化によって男性の週末の育児時間が増えたという政策介入の因果効果を示しています。図2は、男性の買い物等の時間の図で、同様の結果が観察されます。

図1 育児時間(男性、週末)

注:X軸の“0”は1977年度・第1四半期生まれコーホートを表し、これから何四半期、前後に離れて生まれたコーホートであるかを横軸の数字は表す。“0~12”は男女共修世代を、“-12~-1”は男女別学世代である。点は各コーホートの平均値を、点を垂直に通る線は95%信頼区間を表し、グラフは線形モデルで推定したものである。図2、図3も同様。詳細は、Hara and Rodríguez-Planas (2023)を参照のこと。

データ:総務省統計局『社会生活基本調査(2016年)』。図2、図3も同様。

図2 買い物等の時間(男性、週末)

 次に、女性の分析結果に目を向けると、共修化によって、正規社員として働く女性の割合は増え(+4%ポイント)、非正規社員として働く女性の割合は減ったこと(-8%ポイント)、そして、働いている女性に限れば、共修化によって女性の年収が増えたこと(+21万3千円)も示されました。

 ここでは、非正規で働く女性の割合の図のみを紹介します(図3)。閾値でマイナス方向にジャンプが観察され、共修化によって女性の非正規労働者割合が非連続に減ったことがわかります。

図3 非正規労働者の割合(女性)

 最後に、性別役割分担意識に関しても同様の分析を行ったところ、伝統的な性別役割分担意識に賛成する女性(妻)の割合が減ったことも示されました。

 分析全体を通じて、技術・家庭の男女共修化によって、人々の行動がジェンダー中立的になったと考えられます。さらに、このようなことが観察される背後には、単なる家事関連のスキルの習得によるものではなく、共修化によって伝統的な性別役割分担意識に変化がもたらされたことが一因であると推測できます。

 もし男女別学で、家庭科分野を女子が中心になって学ぶと決められていたら、家事・育児に関することは女性の役割であると、女子も男子も受け止めてしまいます。しかし、男女共修化で、男子も女子も同様に学ぶようになったことで、家事・育児は男女両方の役割であるとともに受け止めるようになり、結果として、男性は家事関連時間を増やし、女性は積極的に労働市場で働くようになったと考えられます。

 本研究は、性別で社会的役割が異なると生徒に認知させる教育が学校教育で行われると、その後の人生での意思決定・行動選択にも影響があることを明らかにしました。この結果は、学校での教育や活動等におけるジェンダー平等の重要性を示唆するものです。

注釈

*1 後掲の図1~3にもあるとおり、1977年度の前後約3年間に生まれた年齢の近い人のみを分析対象としていることからも、トレンドの影響はないと捉えられます。

*2 ここでは分かりやすさを重視した説明にしていますが、論文では厳密に分析を行うために閾値を1977年5~6月生まれとしています。詳細は、Hara and Rodríguez-Planas (2023)を参照してください。

●論文情報

Hara, Hiromi, and Núria Rodríguez-Planas, "Long-Term Consequences of Teaching Gender Roles: Evidence from Desegregating Industrial Arts and Home Economics in Japan,” accepted at Journal of Labor Economics, 2023.

URL: https://doi.org/10.1086/728428

 ※ 本研究では、総務省統計局の承諾をうけて『社会生活基本調査』の調査票情報を利用しました。なお、本研究はJSPS科研費 JP22K01541, JP22H00057の助成を受けたものです。

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設立
1881年01月